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福岡家庭裁判所 昭和44年(家イ)799号 審判 1969年12月11日

申立人 宮崎昌彦(仮名)

相手方 宮崎正敏(仮名)

主文

申立人と相手方との間に親子関係が存在しないことを確認する。

理由

(申立の趣旨)

主文と同旨の審判を求める。

(申立の実情)

申立人は戸籍上申立人の母宮崎厚子と相手方との間の昭和四一年七月一日出生の長男として入籍されている。しかし申立人は一見しただけで疑の余地のない黒人の容貌をした混血児である。これは申立人の母が昭和四〇年一〇月始め頃の午後八時過ぎ、福岡市板付町板付バス停近くでアメリカ黒人兵から田んぼの中に引きずり込まれ強姦された時受胎したものであるとしか考えられない。当時は強姦されたことを警察に届け出なかつたのみならず夫である相手方にも秘匿して従前同様夫婦生活を続けていたがため、まさか懐姙が黒人兵から犯されたものであるとまで思い至らないまま申立人を分娩し、出生時は黒人との混血児としての特徴も判然としていなかつたので相手方の実子として疑をもたず前記の出生届をなしたのである。ところが、申立人は生後二ヶ月頃から外観上明らかに黒人との混血であることが判別出来るようになり、申立人の母と相手方の夫婦間にも紛議が生じ申立人を養育していく時は離婚も避けられない事態に立至つたばかりでなく、世間から好奇の眼で眺められるので申立人の母は申立人を家の中に閉じ込め世間から隔離した生活を余儀なくしていたが、申立人が成長するにつれて、申立人のためにも、家族夫婦親子にとつても事態は深刻になるばかりで、申立人の母は思い余つて福岡児童相談所に相談に行き、昭和四四年三月一日養護施設福岡子供の家に申立人を預けることとなつた。その後国際社会事業団のあっ旋でアメリヵ軍人である黒人夫妻の養子として頭書の住所地で生活しているが、今般養親に帰国命令が出て、養親が申立人を伴つて帰米するには入国査証が必要なところ、戸籍上実父母が揃つていると養子縁組の許可を受けて間がない場合は入国査証を受けることが困難なため、戸籍の訂正を求めるため本件申立に及んだ。

(当裁判所の判断)

先ず本件親子関係不存在確認調停申立の適法性、すなわち本件申立のように純粋の日本人夫婦が正常な婚姻的共同生活中に外観上一見して明らかな黒人混血児を分娩した場合にも、懐胎した時期がその夫との婚姻共同生活中である限り、黒人混血児は嫡出子の推定を受け親子関係不存在確認の訴ないし審判は法律上許されないものであるか否かにつき検討する。

法律上の父子たる身分は自然の父子たる血縁の上に成り立つているものであるが、民法七七二条は妻が婚姻中懐胎した子は夫の子と推定する旨の規定を設け、否認権者、訴の提起期間に厳格な制限を付した嫡出否認の訴ないし審判によつてのみ嫡出性の推定を破りうるものとし、右訴の提起期限後は法律上の父子関係を真実の父子関係に合致させる方途を認めないとしたゆえんは、利害関係を有するものは何人と雖ども何時でも戸籍上の記載を真実の父子関係に改めるため出訴出来るとするときは、夫婦家庭内の秘事を暴露公開することとなつて、第三者によつて夫婦関係が危殆に陥り子に対する養育関係を破壊することとなるので、家庭の平和を法律上保護しようとしたものと考えられる。

このような観点からすると正常な婚姻的共同生活関係にある純粋の日本人夫婦から歴然たる黒人との混血児が生れたような、夫の子でないことが、遺伝学上客観的に明白であり本来その異常性が社会に公開された状況にあつて夫婦間の秘事として秘匿し正常な父子の関係を保持することが困難な場合は、単に血液型の検査の結果から父子関係の存在が否定される場合や、日常生活の外見上明白でない夫の生殖不能の場合の如く父子関係の不存在が夫婦家庭内の秘事として止まりうる場合とは異なり、前記の嫡出子の推定を設けた趣旨に反するものでないから、嫡出子としての推定を受けないものと解され、戸籍を訂正するため親子関係不存在確認の訴ないし審判が法律上許されるとするのが相当である。

よつて本件につき判断するに、昭和四四年一二月四日開かれた調停期日において、上記当事者間に主文に副う合意が成立し、その原因事実についても争いがなく、本件記録添付の戸籍謄本、写真、及び申立人の母宮崎厚子、相手方宮崎正敏、国際社会事業団勤務で、申立人特別代理人木下総子に対する各審問の結果によると前記申立の事実として記載された事実を肯認できるので、調停委員園田房雄、同富田保子の意見を聴き本件申立を正当と認め家事審判法第二三条により主文のとおり審判する。

(家事審判官 松島茂敏)

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